6月27日分の日記の長い長いレス

2006年6月30日(金) 03:43 | 日記

先日の日記にコメントをいただいたので、その返事を書き始めたところ、軽く2500字を超えてしまいました。昔の仕事の話は、語り出したら本当に止まらなくなってしまうので…。というわけで、コメントのレスに関しましては、コメント欄ではなくこちらに書かせていただきます。

>shuri様

その時に「何も行動を起こせなかった自分」の情けなさは痛感しました。
実はこの時、別の仕事のために会議には遅れて出席したのですが、すでに始まっていた会議には自分の後輩も参加していたので、自分だけ出ないわけにはいかない、という事情がありました。
ただ、さすがにその翌日には「これからはこんなことが二度とないように」と僕から言って、会議の日時は前もって決めておく、夜遅くにはやらない、という約束をしました。実際、その後理不尽な深夜会議は行われなくなりました。

その上司は僕より多くの仕事を抱えていたために、「組織としての時間」のマネージメントまで頭が回らなかった、という現実がありました。また、それが上司の能力的な限界でもありました。
あることに秀でていても、他のことまで秀でているとは限らないわけで、そこは各個人の役割分担が必要だと思います。

中田も、ゲームメーカーとしての役割だけでなく「精神的支柱」という役割まで背負わされたことが不幸の始まりだったかもしれません。やはりそこは、他の選手の意識に問題があったんだと思います。
ブラジルにはロナウジーニョがいて、カフーがいます。
僕の場合も「上司は仕事に集中させて、時間のマネージメントや後輩の面倒は自分が見る」くらいの気合いがあれば、もう少しいろいろなことがうまくいったのかな、と思います。

>あきさん

自分の仕事は、当時も今でもそうですが、チームワークが重要です。
デザイナーやカメラマン、あるいは同僚など、いかに良い協力体制を築くかによって、作品の出来が大きく変わってきます。
その上司のやり方は、
・自分の作りたいもののイメージにこだわり、納得がいくまで作り続ける
・しかし、デザイナーに対する指示は抽象的な場合が多い
・それなのに、思い通りのものをデザイナーが作らないと文句を言い、作り直させる
・デザイナーは「だったら最初からそう言ってくれ。言われればその通りやるから」という言葉をぐっと飲み込みつつ、彼にしぶしぶ付き合う
という感じでした。

当時はデザイナーも同じ会社の社員で、編集部とは別のフロアにいました。そのフロアでは、毎日のように彼に対する陰口が飛び交っていました。
こんなバラバラな状態では、いい雑誌なんてなかなか作れません。
確かに、デザイナーは未熟な人ばかりでした(僕自身も未熟な編集者だったので、偉そうなことは言えませんが…)。専門学校を出て1~2年という若者がほとんどなのに加え、給料が総額で20万円にも満たないのに毎月300時間以上働くという過酷な環境の中で、いいレイアウトを作れというのも残酷な話です。
ただ、その極限状態の中にいるからこそ、ちょっとした言葉、たとえば「ありがとう」「お疲れ様」といったささいな言葉があるかないかで、気分がずいぶんと変わります。何も言わずに仕事だけ押しつける人に対しては「こいつの仕事、やりたくないなぁ」と思います。
もちろん未熟とはいえデザイナーもプロですから、ちゃんと仕事はします。しかし、気持ちにだけは嘘はつけません。作品の出来に影響が出て当然です。
また、指示も具体的であればあるほどいいわけで、たとえば別の雑誌を見せて「これと同じように作って」と言えば、できた作品が思い通りにならなかった場合、その雑誌と比べながら「ここが違う」と文句も言えます。しかし、抽象的な指示では、経験の浅いデザイナーには伝わりません。能力の高いデザイナーならそれでも作ってしまうのですが、職歴1年そこそこのデザイナーにそれと同じ結果を望むのは現実的ではありません。当時の僕らには「腕の立つ外注のデザイナーを雇う」という選択肢がなかったため、経験の浅いデザイナー(しかも同じ会社の社員でもある)に、いかに良いものを作ってもらうかに腐心する必要がありました。そのために最も重要なのが、なるべく具体的な指示をすることでした。

上司には、これらの配慮が決定的に欠けていました。確かに誌面を作る能力、仕事に対する集中力や執念のようなものは、僕より上でした。しかし、こと「人と協力する」という能力に関してはひどいものでした。
集中力が高すぎて、周りが見えていなかったんだと思います。
おそらく本人にも「悪気」がなくて、自分の行動によっていろいろな人が迷惑をこうむっていることを、感覚として理解できていないんだと思います。
しかも、さっき書いたような無茶な方法でもそれなりに仕事で結果を出していたから、会社の上層部からは高く評価されていました。それでよけいに、「自分は正しい」と思いこんで突っ走っていた感じでした。
その暴走を止められる立場にいたのは、彼よりたったひとつ年下で、たった3か月後輩の僕くらいでした。でも上で書いたように、結局はほとんど何もできず、せいぜい時速150キロを130キロに減速させる程度でした。
それでも、自分がいなければあの組織はもっとひどいことになっていた、という少しばかりの自負はあります。

長くなりましたが、これが「3年前の息苦しい経験」です。
自分の価値観だけが正しいと思いこみ、その価値観が著しく他人とずれていて、そんな人が上司になってしまったという例です。
何人かにひとりはこういう人がいます。誰か偉い人が首輪をつけてうまく飼い慣らすか、あるいは一匹狼として生きるか、そのどちらかがいいのでしょうけど、今回の場合のように間違って誰かの上司になってしまうと、部下は不幸です。
幸い、今の職場にはそんな人はいません。僕も過去の経験があったから、仕事のパートナーに対してはしっかり気を配らなければいけない、という思いは強いです。
でも忙しくなると、どうしてもそうした部分がおろそかになりがちです。ここまでずいぶんと偉そうなことを書いてきましたが、一番気をつけなければいけないのは僕自身です。他人の悪口を言っている場合ではありません(笑)。

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