今年の誕生日も無事に迎えられました

2018年2月20日(火) 22:21 | 日記

ケーキ
独り身なので、ひとりで帰りに銀座コージーコーナーでケーキを買ってひとりで食べています。
ダイエット中だから1個にしておけばいいものを、年に一度の記念日だからということで、ついつい2個にしてしまいました。
さっきまであんなにお腹が空いていたのに、さすがにケーキ2個はずっしり来ます。2月になってから夜は極力何も食べない生活を続けているので、胃のあたりに違和感ありまくりです。
気づけば毎年同じような写真をアップしています。去年だけは忙しくてケーキどころではなかったのですが、今年は2年ぶりにゆっくり誕生日の夜を過ごしています。

これまでに迎えた誕生日の回数より、これから迎える誕生日の方が少なくなる、そんなお年頃です。
去年と同じように誕生日を迎えられたのは決して当たり前のことではないし、来年もまた無事に誕生日を迎えられるかなんて誰にも分かりません。何かの拍子に収入源が途絶えてしまうかもしれないし、健康を害してケーキどころではなくなるかもしれない。未来を保証するものなんてどこにもありません。
いろいろな偶然のうえに、今の生活が成り立っています。
今よりもっと幸せになるための偶然を望みたくもなるけれど、それはさすがにぜいたくなこと。
だから、偶然に頼らず、自分の力でこの1年をもっと実りあるものにするために、ふたつの目標を掲げたいと思います。

ひとつは、きちんと体重を減らすこと。軽くなれば、動きやすくなったり見た目が今よりましになったり、いろいろいいことがあるはず。

もうひとつは、趣味を作ること。今は趣味らしい趣味があまりなく、アイドルのライブを見に行くくらいなので、何か自分が主体的に参加できるような趣味を作りたいと思います。

元気なうちにしかできないことを、ひとつでも多く楽しめるような1年にしたいと思います。

体重を減らそうと思って体重計を買った

2018年2月12日(月) 23:37 | 日記

先日、会社の健康診断がありまして、いろいろ測定してもらったところ、致命的な病気の兆しはなかったのですが、やはりコレステロールやら皮下脂肪やらが許容範囲を超えていました。
ちょっと前までのアメリカの株式市場は「ゴルディロックス」なんて言われていまして、これはイギリスのおとぎ話に由来する言葉で「ぬるま湯」というような意味なんですけど、要は急な変動がなくじわじわと上がり続けるような状態を指す言葉で、実際にアメリカのダウという株価指数は史上最高値をゆっくりと更新し続けていたわけです。
僕の体重がまさにそういう状況で、東京に引っ越してきた2005年以来、毎年行われる会社の健康診断のたびに少しずつ、しかし確実にデブ化が進行していきました。まるで測ったように、毎年1~2キロずつ増えていく。いきなり大幅に増えることもなければ、逆に減ることもない。まさに去年の夏以降の株式相場のようです。
そういう状況だから、当然コレステロールなんかにも悪影響があります。このまま放置しておくと重い病気につながりかねない、そんな水域に入っています。

実は今回の健康診断では、初めて前回より体重が減りました。
痩せるようなことは何ひとつしていないので、前回は1年半前だから下手したら3キロくらい増えててもおかしくないんだろうなと思っていましたが、結果は驚きの1.7キロ減。おそらくは今の生活を続けた場合の体重の上限に達したんでしょうね。これ以上太ろうと思ったら、意識してよけいに糖分を摂取したり夜中におやつを食べたりしないといけない。そういう水準なんだと思います。

とはいえ、最初に書いたとおり、太っていることには変わりありません。超デブがデブになっただけの話です。前々回の2015年7月の測定値と比べるとまだ2.8キロも上回っています。実際にコレステロールの値は、前回よりは改善されたとはいえ、それでも要注意の水準です。

健康診断のあと、結果について説明を受けたあとに、コレステロールが高いので食生活について指導を受けてくださいと言われました。前回は今回よりも数値が悪かったのですが、多忙だったために説明を受けずにすぐに会社に戻ったので、細かい指導は今回が初めてです。説明のあとにアンケート用紙を渡され、記入するように言われました。内容は日頃の食生活に関して。その内容に基づいて栄養士の人といっしょに目標を立てて、明日から何をするか、具体的な行動に落とし込みます。僕の場合だと「夕食の米は1/3合まで」とかそういう感じ。カロリーの量と炭水化物を減らしてタンパク質や野菜を適量食べるように言われました。

体重やコレステロールについては以前から気にしていたし、実家へ行くと親からはいつも「やせろ」と言われるし、問題意識はそれなりにあったのですが、なかなか行動に移すことはできませんでした。でも40代に差しかかって、これから先は一度体を壊したら取り返しがつかないということで、さすがにどうにかしようと思って、痩せるために努力することにしました。

そもそも体重を量るという習慣がなかったので、ひさしぶりに新しい体重計を買ってきました。ヨドバシカメラで3280円(税抜き)でした。体脂肪率とか皮下脂肪率とかBMIとかも計測できます。
新しい体重計
体重計はいちおう自宅にあったのですが、まだ京都で学生をしていた1995年に、今はなきニックホビーショップ深草店というホームセンター(今調べたら跡地は龍谷大学の領土になっていました)で1000円そこそこで買った古い体重計です。今でもわりと正確な値を示すのですが、ばねの戻りが悪くなっているうえ、ゼロの位置がすぐずれたりして、今後も使い続けるには無理があります。
こちらがその23年前の体重計です。
古い体重計
身長の成長が止まったあとの最低体重記録は1996年夏頃で、この体重計で量ったところ、58キロ台でした。身長は172センチなので、むしろ少し痩せているくらいの水準です。
当時は3kmほど先の大学まで毎日自転車で通っていたし、自宅から深草のニックホビーショップまでの片道6km弱の道のりを自転車で飛ばすくらいの元気があったし、学生だから食生活は質素だったし、そりゃ痩せるわという生活でした。
太り始めたのは、1996年の秋にバイクを買ってからだと思います。これまで自転車で移動していたところへバイクで行くようになったため、運動の量が減りました。さらに2000年に名古屋で風俗情報誌の編集者として働き始めてからは、作業が深夜におよぶことが増え、夜の2時頃に家に帰ってビールを飲むようなことも増えたから、学生時代のスリムさは見る影もなくなりました。基本的な生活態度はそれ以来あまり変わっていないので、順調にぜい肉ばかりが増えていき、気づいたらだらしないおっさんに成り果てました。
なお現在の体重ですが、身長から100を引いてさらにどっさり上乗せした数値です。見た目からしてかなりぽっちゃりしています。

このままではいけないから痩せようと決めたので、今後当面は夜間の食事をできるだけ控えようと思います。
お腹が空いたなんて言うのは甘え。仕事が終わったら何の用事もないのだから、さっさと寝ればいい。空腹は次の朝に満たせばいい。
そういう方針で、いつかは65キロあたりまで減らしたいと思っています。「ゴルディロックス」と言われていたアメリカの株式相場は2月頭にいっぺんに急落しましたが、体重はそうもいきません。少しずつ、確実に減らしていくしかない。長く苦しい道のりです。

大雪の1週間後の風景

2018年1月30日(火) 00:58 | 日記

東京の大雪は先週の月曜日でしたから、ちょうど1週間前のことです。
午後9時半すぎの武蔵境駅北口の光景。今日は少し雨が降ったみたいで、ようやく雪が解け始めてきました。それでも人が歩かない領域にはしぶとく雪が残っています。きのうまで日中も本当に寒かったですからね。
武蔵境駅北口
さすがに1週間も経てば、日の当たる場所や人通りの多い道はほとんど雪は残っていませんでしたが、逆に人通りが少なくて日陰になる場所にはいまだにこんな光景です。武蔵境駅の東側にある駐輪場の横の道。車道の半分が氷で覆われています。
駐輪場の横
自宅アパートの前も、30センチ積もっていた火曜日の朝に比べればかなり雪は減ってきましたが、それでもこのありさま。都心でもこれだけ雪が解けずに残ったのは何十年ぶりの記録だということなので、かなり貴重なことなのでしょう。
自宅アパート
冬はそこまで苦手ではないのですが、さすがに連日寒すぎるので、地球さんにはもう少し気温を上げてもらいたいところです。

大雪の2日後の風景

2018年1月24日(水) 23:55 | 日記

今日は帰りが遅くなりまして、武蔵境駅に着いたのは夜の11時すぎでした。
ぜんぜん雪が解けてない。きのうとほぼ同じ風景です。
武蔵境駅北口
道路はさすがに雪が解け始めていたのですが、高架下の駐輪場はやっぱりきのうとほぼ同じ風景でした。車道も真っ白。
駐輪場の入り口
ぜんぜん解けてない。今日は日中も寒かったですからね。
駐輪場
ただきのうと違うのは、同じ雪景色でも、雪が固まって氷になっていたこと。きのうみたいに雪の柔らかさに足を取られることもなく、なおかつ適度にでこぼこがあって摩擦係数もあったので、どうにか自転車で走ることはできました。

それより、帰りは予想どおりヘビーな寒さでした。午後11時時点で府中の観測所の気温がマイナス3度だったそうなので、武蔵境も確実にマイナス2度くらいに下がっていたと思います。今週はずっとこんな調子らしいので、じっと耐えようと思います。

大雪の翌日の風景

2018年1月23日(火) 23:40 | 日記

きのうの大雪から一夜明けた風景です。

まずは朝の武蔵境通り。ムーバスが運休していたっぽいので、こんな真っ白な風景を眺めながら駅まで歩くことになりました。寒かったので雪はどろどろにならず固まっていて、思いのほか歩きやすかったのが不幸中の幸いでした。
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朝の電車がどうなるか心配でしたが、遅れてはいたけれど動いていました。雪のピークが前日の深夜だったので、4年前と比べて対応しやすかったんでしょうかね。

帰りに武蔵境駅に着いたのは夜の9時すぎ。駅の北口はきのうとは違って、人が歩くところは雪がどけられていました。
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武蔵境駅南口。ロータリーの道路はさすがに雪が溶けていましたが、よく見ると反対側の車線にはまだ雪が残っています。
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再び駅の北。ここの道路は交通量が少ないので、道路が完全に雪で凍っています。路線バスもタイヤチェーン完備でした。
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歩道の端にはかき分けられた雪が積まれていました。作業してくれた方ありがとうございます。
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駅の東にある駐輪場。左側は車道なんですけど、ここの道路はさらに交通量が少ないので、ほとんど手つかずの状態です。
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1日放置していた自転車のかごには、雪が積もっていました。
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こんな路面を自転車で走るのはたいへんです。雪が固まってなくて危ないところはさすがに押して歩きました。
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このゾーンを越えてから自宅までは住宅街なので、住民のみなさんが雪かきをしてくれたおかげで、道路は雪が解けていました。
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それでも自宅アパートの前はいまだに20センチくらい雪が積もったままで、たぶん今週日曜くらいまでは確実に残るんでしょうね。

ところで今週は武蔵野市の最低気温がマイナス5度とかになるらしいのですが、水道とかだいじょうぶですかね。

大雪の風景

2018年1月22日(月) 19:42 | 日記

18時31分、武蔵境駅北口。たくさんの人の行き来があるはずなのに地面は真っ白です。
武蔵境駅北口
18時32分、武蔵境駅南口。バスやタクシーが走るロータリーがあるのですが、もはやどこが道路なのか分かりません。
武蔵境駅南口
18時52分、自宅アパートの入り口。塀の上に10センチくらい雪が積もっています。
自宅アパート
19時3分、自宅の窓。フェンスの上に10センチくらい雪が積もっています。
自宅の窓
きのうから言われていたとおり、東京は大雪でした。ただ、予報より早く雪が降り始めたのと、予想されていたより気温が低くなったことで、昼すぎからどんどん雪が積もり始めて、午後3時頃には職場がある新宿区もあたり一面真っ白な景色になりました。

東京に来てからこれまでも何度か積雪はあったんですけど、昼のうちは積もらずにすぐ溶けて、夜になって気温が下がってから積もり始めるのが通例でした。いくら武蔵野市が都心よりいくぶんか寒いとはいえ、19時前の時点で積雪量が10センチに達するような雪は見た記憶がありません。

こんな状況なので、今日は早めに帰ることにしました。
こういうときに貧弱なのが中央線で、どの路線よりも早く遅延が発生していました。17時前に会社を出て、地下鉄の東西線は混んでいたけどなんとか動いていて、途中駅で何度か止まったりしながら中野駅までたどり着きました。中野駅から中央線は厳しいだろうと思い、とりあえず総武線で三鷹まで行こうとしたら、ホームは入場規制寸前の混み具合で、エスカレーターを昇ったところに人がたまっていて、ものすごく危険な状態でした。
それでもどうにか2本めの電車に乗れて、三鷹まではなんとかたどり着いたと思ったら、今度は三鷹駅の中央線ホームが入場規制で階段の外まで人があふれていました。駅の状況をつぶさにネットで見ていたので、予想はついていたことでした。

最悪の場合は三鷹駅から自宅まで歩けばいいやということで、とりあえず駅の近所でごはんを食べました。30分くらいして駅に戻ると、さっきの大混雑が嘘のように中央線ホームはすいていて、程なく到着した武蔵小金井行きの電車もがらがらでした。みんな大雪を警戒して先を争うようにして帰宅したために、いつもなら混み始める時間帯の電車がぽっかり空いてしまったのかもしれません。
それで駅に着いたら冒頭の写真のように雪が積もっていたので、自転車で帰るのはやめて、ムーバスに乗ることにしました。さすがにバスは満員で、途中の武蔵野赤十字病院のバス停では乗り切れなかった人もいました。この寒い中で次のバスまで20分待たされるのは気の毒です。

そんなわけで、今日はなんとか無事に帰宅できました。
思い起こせば、4年前の大雪のときは家に帰れずつらい思いをしました。

電車は止まるわ、換気扇から水が漏れるわ(2014年2月15日)

雪はこれからがピークのようです。明日の朝にはどれくらい積もってるんですかね。4年前は翌日の11時くらいまで中央線が動かなかったみたいなので、今回もそれくらいは覚悟しておいた方がよさそう。

15年ぶりに買ったノートパソコン

2018年1月 9日(火) 22:45 | 日記

年末に実家へ行ったときにノートパソコンを持っていったのですが、それがとんでもない年代物でして、さすがに今後もこれを使い続けるわけにはいかないからと、意を決して新しいパソコンを買うことにしました。
それがこちら。
マウスコンピューター1
マウスコンピューター2
メーカーはマウスコンピューター。会社の名前は聞いたことがあったのですが、CMキャラクターとして乃木坂46を起用していることは恥ずかしながら知りませんでした。さすがメジャーなアイドルは活躍の場が広いですね。

これまでのノートパソコンは、2003年に買ったエプソンの「NT3000」というBTO(受注生産)の製品です。2003年といえばNegiccoが結成された年です。BTOなのである程度自由にスペックを選べるわけですが、当時使っていたデスクトップ型のパソコンのCPUがPentiun IIIで、それよりは高性能なものがほしかったのと、DVD-Rの書き込みができるマルチドライブが必須だったこともあって、希望に合うパーツを組み合わせていったらかなり高額になってしまいました。過去のメールを見てみたら、支払金額はなんと202,575円。送料と消費税を除いても18万円は楽に超えています。今だったらたぶん、かなり高性能なLet's Noteとか買えちゃう価格です。
それだけ無理をして買ったパソコンなので、それなりに長いこと使えていたのですが、2008年頃からデスクトップとの性能差が顕著になってきて、処理速度の遅さが気になり出したので、使う機会はどんどん減っていきました。最近ではテキストを書くために泊まりがけの旅行などに持って行ったり、年末に年賀状を印刷するときにプリンターが古いからパソコンも古くないと動かせず、やむなくノートパソコンを立ち上げたりするくらいでした。

こちらがその「NT3000」です。キーボードが白くなっている理由は後述します。
エプソン
当時と違ってデスクトップパソコンはじゅうぶん高性能だし、ノートを使う機会は限られているので、さすがに20万円どころか10万円も出すわけにはいきません。今回は安さを優先しました。
かといって性能が低すぎても困るので、メモリーは8GB積むことにして、重量と速度を重視してストレージはSSDにして、ディスプレイは横1366pxの11.6型としました。
以上のような条件で選んでいくと、選択肢はほとんどマウスコンピューターしかありませんでした。

マウスコンピューターもエプソンと同じくBTOで、ウェブサイトでパーツや周辺機器をある程度自由に選べるのですが、通販で買うと納期は月後半になるとのこと。別に入手を急がないのでそれでもよかったのですが、調べてみたら秋葉原に直売店があって、在庫があればすぐに買えるとのこと。テイクアウトなら数千円の送料もかかりません。自分が欲しいと思っていたスペックのノートの在庫がありそうだったので、さっそく行くことにしました。
その日は1月4日で、僕は同日から出勤でしたが、世間は正月休みの人も多かったので、秋葉原も人は少ないんだろうなと思っていたら、マウスコンピューターの直売店は意外と賑わっていて、僕以外にも2~3人の人がその場でパソコンを買っていきました。
ホームページの情報どおり、求めていたパソコンは在庫がありました。ついに15年ぶりに新しいノートパソコンを手に入れました。
スペックはこんな感じです。
マウスコンピューターのスペック
SSDの容量は222GB。重いソフトを入れたりデータをため込んだりしないので、これだけあればじゅうぶんです。
お値段は税抜きで52,900円でした。

さて、普通ならこれですぐパソコンを使い始めればいいのですが、僕にとっては重要かつめんどうな作業が残っています。
ここで、先ほど載せた古いノートパソコンのキーボードを拡大した写真を見ていただきます。
エプソンのキーボード
キーボードの上に、文字が書かれたシールが貼ってあります。これは「Dvorak配列」といって、世の圧倒的多数の人が使っているQWERTY配列とは異なるキーボードの配列です。
Dvorak配列のノートパソコンなんてどこにも売っていないので、ソフトウェアで配列を変更したうえで、こうしてシールでキーの位置を明示しているわけです。
なぜ僕がDvorak配列を使っているか、新しい配列に慣れるまでどれくらい苦労したかは以下の12年前の日記に書いているので割愛しますが、簡単に言うと、母音が左手の打ちやすい位置にあるから長時間タイピングしても手が疲れにくそうという理由です。

さようならQWERTY、こんにちはDvorak(2006年4月27日)
Dvorak奮闘記2日目(2006年4月28日)
Dvorak奮闘記4日目「本気です」(2006年4月30日)
Dvorak奮闘記5~7日目(2006年5月4日)
Dvorak奮闘記18日目「ようやく慣れてきた」(2006年5月15日)

いくら僕がDvorak配列歴12年とはいっても、キーの位置を完全に暗記しているわけではないので、これまでと同様にキーボードにシールを貼る必要があります。
まずは自作の配列表を印刷します。
配列表
これまでならじかにステッカーに印刷して、カッターナイフで切って貼っていたところですが、先のノートパソコンの写真を見て分かるように、一部のシールが摩擦で削れてしまっています。
これを避けるため、今回は「キーボードの上にキー配列を書いた紙を置き、それを透明なシールではさみ込む」という方法を取ることにしました。これならシールがえぐれることはありませんし、万一QWERTYに戻したくなったときもきれいにはがすことができます。
透明カバーフィルム
シールとして使ったのはこれ。通常は写真やラベルを保護する目的で使うものです。
ラベルを貼る作業
ただシールを貼るだけなら簡単なのに、今回はものすごい手間がかかります。透明なシールをはがし、そこに裏返しにしたキー配列のラベルを貼り、シールとラベルが一体となったものをキーに貼り付けていくという作業。2個のピンセットを使いながら、50個近いキーにていねいに貼り付けていきます。だいたい1時間くらいかかりました。
キーボード
ようやく完成しました。

完成したのですが、できてから気づいた大きな問題があります。
透明なシールがつるつる滑って、キーボードを打ちにくいのです。
元のプラスチックのキーや、じかに貼った紙のステッカーであれば、適度に表面がざらざらしているので指が滑らず打鍵しやすいのですが、シールだとどうにも摩擦係数が足りません。今回の日記をこのパソコンで書いたところ、左手が痛くなりました。手の大きさのわりにキーボードが小さいのに慣れないこともありますが、打鍵のときに滑ってしまう手を止めようとするときの負荷が積み重なった影響も大きいと思われます。
もし世の中に安くて表面の摩擦係数が高い透明シールがあるのなら、機会があれば貼り替えたいと思っています。